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高校や大学の初年度で扱う、いわゆる「非生物」の力学では、物質の質量や運動量は保存されている、と学びます。しかし、実際の「生物」を考えたときには、例えば細胞は成長して分裂し、しばしば自ら運動量を生み出して移動します。当然、細胞内部の化学的なプロセスによってひとかたまりの「生物」に質量や運動量が付与されているわけですが、分子の存在を前提としないマクロの古典力学の理論の中だけでは、まるで質量保存則や運動量保存則が破れているように見えてしまいます。言い換えれば、「生物」らしさは部分系(開放形)であることに由来しているとも言えるでしょう。
本講演では、このようなマクロな力学の理論体系である連続体力学の視点から、生き物の運動を考えてみたいと思います。具体的な系として、鞭毛や繊毛による細胞の流体中での遊泳運動を取り上げます。まず、このような細胞スケールの流体力学について、その基本的な内容を簡単に解説します。実際の生物は、柔軟に変形するため、弾性体として扱う場合も多いですから、周囲の流体環境と生物自身が結合した流体構造連成問題となります。このような力学の問題が、分子モーターの機能の理解にどのように役立つのか、過去の例を振り返りながら紹介する予定です。最後に、部分系としての「生物」を力学として統一的に記述する試みとして、講演者が最近取り組んでいる奇弾性の理論[1,2]についてお話ししようと思います。
参考文献: